不倫 その後

2001年11月7日
紀子の彼が名古屋に突然転勤になった。
なぜこの時期に、と思うが分からない。
彼がそれを望んだのか、それとも彼は行きたくなかったのに会社の都合で行かされたのか。
本当のところは分からない。
ただ、彼が単身赴任ではなく、家族とともに名古屋に引っ越して行ったことは事実だ。
そして、そのことは紀子には大きなショックだった。

2週間ほど、紀子は大荒れに荒れた。
俺もその間、ずいぶんつきあわされた。
何をしでかすか分からないと不安になったほどだった。
そして今、紀子は少しずつ変わってきている。

まだ、時々は彼と会っているようだ。
なにしろ、名古屋と東京なんて、新幹線で2時間足らず。会おうと思えばいつだって会える距離だ。
ただ、今までのようには行かない。
それが紀子を少しずつ変えている。
あるいはどこかで新しい恋に会えるのではないか。そんな風に期待できる変わり方だ。

紀子のことでは、俺もいろいろ考えさせられた。
今まで俺が紀子に話してきたことは、本当に紀子のためになったのだろうか。
かえって紀子を深みに誘ってしまったのではないか。
やはり不倫というのは不毛の愛なのだろうか。
この次に、また紀子のような子が俺の前に現れたとき、俺は「人を愛することは決して責められることではない」と言い切れるだろうか。

いつまでたっても結論は出ない。
紀子のことだって、これで良かったのかどうか、俺には結局分からない。
ますます迷うことが多くなっただけだ。

愛が綺麗事だけでは済まないことはよくわかっている。
結婚という形で、いちばんはじめに手をつけたやつが勝ちなのか。
そのあとで出会った愛は、すべて「不倫」という形で否定されてしまうのか。
不倫が否定されないとしたら、結婚という形で誓った愛の結末はどうなるのか。
離婚というかたちで切り捨ててしまうしかないのか。
それとも、二つの愛をそれぞれが認め合うという、そんな都合の良い形が許されるのか。
独身者の愛だってそうだ。
誰かを一途に愛するということは、他の誰かの愛は拒むということだ。
いくら一途に愛しても、相手が他の誰かを一途に愛していたら、その思いは決して受け入れてもらえないのだろうか。
ほんとうに人は二人以上を同時に愛することはないのか?

残酷なものなんだよ。愛するということは。
ある一面に限っての話だけどね。

それからも、女の子はごく普通の小学生として暮らしていました。しかし、いつのころからか女の子は自分の手首から血が流れるのを見るようになってしまったのです。もちろん本当に手首が切れている訳ではありませんから、他の人には流れる血など見えはしません。誰に話しても、まともに取りあってはくれません。
しかし、女の子には自分の手首から地面にしたたり落ちる血が見えていたのです。
そして、それは黒い、汚い色の血でした。女の子には、自分の身体の汚れがそのまま血の色に重なっているように思えました。
中学生になって、色々なことが分かってくると、女の子にも自分がされたことの重大さがわかってきました。しかし、その時にはもう、周りの人達は何年も前の事件のことなど忘れてしまっていました。女の子の両親でさえ、女の子がそのことで深く傷つき、その傷を持ったまま成長していることに気がつきませんでした。だから、女の子は事の重大さに気がついても、何もできませんでした。そのことを話したくても話す相手もいませんでした。女の子はまた傷ついて、その傷を誰にも分からないように一所懸命隠すしかありませんでした。
高校生になって、女の子は表面的にはとても明るい子に育っていました。だれも、その子が心の中に深い傷を負っていることを知りませんでした。そして、女の子はその傷に誰も触れることができないように、厚い殻で自分自身を覆ってしまいました。しかし、その殻の中の傷は治ったわけではなく、痴漢の話や変質者の話を聞くたびにズキズキとうずきました。そして、「自分は汚されてしまったんだ。汚いんだ。」という思いはますます強くなっていきました。
成人式を迎えるころになって、もう「あのこと」があってから10年近くの時間が過ぎました。しかし、女の子の心の中にはまだ「あの男」がいるのです。
あのことがあった7月が近付くと女の子は「あのこと」を思い出すことが多くなります。女の子には好きな男の子がいます。しかし、時としてその男の子と「あの男」が重なってしまうのです。男の子の中に「男」を感じるとき、女の子は「あの男」を思い出してしまうのです。そして、叫び出しそうになってしまうのです。

あの男が憎い。
好きな人の前で、私はきれいな身体でいたかった。
「私は汚いんだ」と思う時がとても辛い。
あの男は捕まらなかった。私がこんなに辛い思いをしているのに、あの男は今頃どこかで私のことなんかすっかり忘れて、のうのうと暮らしているんだ。
あの人と結婚して、あの人の腕に抱かれたとき、あの男を思い出して叫び出してしまったらどうしよう。
一生、結婚できないかもしれない。
結婚できたとしても、あの人がこのことを知って汚い」と思ったら、どうしよう。そう思われたら、私はもうあの人の側にいることはできない。
私に触れたら、あの人まで汚れてしまいそうで、怖い。

お母さん、泣いて私を責めたの。「どうして逃げなかったの」って、私が悪いみたいに責めたの。泣きたいのは私の方なのに。
一所懸命忘れようとして、平気な顔をしていると、お母さん「よく平気な顔、してられるわね」だって。
平気なわけ、ないでしょう。
私、あの時10歳にもならなかった。母に話した時から、その事だけ記憶の外に出そうと必死だった。
母には泣かれるよりも、「たいしたことじゃないから、忘れようね」って言ってほしかった。たいしたことじゃないって、無理やりにでも思いたかった。
自分で「たいしたことじゃない」って言ったら、おこられた。
「たいしたことないわけない。どうして、そう平気でいられるの」
平気なわけない。私はただ、早く何事もない生活を続けたかった。
その部分だけ切り取って捨てちゃって、その前と、そして未来とをつぎはぎしたかっただけ。何事もなかったら、平気な顔をしてるはず。泣いたりしないはず。普通にしてるはず。そのときの私には、それくらいしか考えられなかった。
だってまだ10歳にもならなかったのよ。
でも、どんなに意識の外に出してたって、忘れていたって、ある時がくれば全部思い出すのね。

わかりますか。
本当に愛する人ができたときに、つぎはぎしたものは、見事に切れちゃうの。
「私、やっぱりふつうのなの子じやないかもしれない。」
そう思うと、本当にどうしようもなくなるの。ほかの女の子より汚いのかもしれないって思うと。


だれも、この子を救えなかった。私も、ただ見守るだけで、何もできなかった。
結局、この子を救うのはこの子自身でしかないのです。
この話には、いくつもの教訓が含まれています。あなたはそのうちのいくつを感じとってくれたでしょうか。
この子(もう「この人」という歳になっていますが)の場合、暴行された訳ではありません。ですから、ここまで思いつめるほどの事ではないと思う人もいるかもしれません。しかし、当人にとってはそう単純に割り切れるようなことではないのです。
女の子が、その心や身体に傷を負ったとき、それがどれほど長い間影響を及ぼし続けるか、それはその当人でなければ決してわかることはできないかもしれません。しかし、女の子にはこれをひとつのきっかけにして、考えてほしいものです。そして、自分の心や身体を大切にしてほしいものです。

それから、不用意な一言がいかに相手を傷つけるかか。これは私を含めて多くの人が考えるべきテーマです。心の傷は、目に見えないだけに、人を深く傷つけることがあります。そして、傷をつけた側はそれに気がつかないことが多いのです。
相手のことを本当に心配して言ったその一言が、相手を深く傷つけているとしたら、これはもう悲劇としか言えません。それも、慎重に言葉を選べば避けられたかもしれない悲劇なのです。


あなたがこのような目にあったら、どうしますか?
あなたの友達がこのような目にあったら、どうしますか?
将来、あなたの子供がこのような目にあったら、どうしますか?
これから書く内容は、以前、メールマガジン「女の子へのメッセージ」に書いたものです。
この「女の子へのメッセージ」に私が書いていることは、すべて事実に基づいています。もちろん話の本質を変えない範囲で状況設定をアレンジして、名前も変えて、誰のことかはわからないようにしてありますが,……。
その中でも、これから書く話は、女の子にはぜひ真剣に考えてほしい話ですのでニッキのほうにも再掲します。

小学校4年生の女の子が、あるとき変質者にいたずらされてしまいました。
公園で、立ったまま身体中を触られてしまったのです。服は着けたままでしたが、服の中に手を入れられて、みんな触られてしまったのです。女の子は、恐怖のために声もあげられず、逃げることもできず、されるままになっていました。
家に帰っても、女の子は独りでした。お父さんもお母さんも勤めに出ていて家には誰もいなかったのです。お母さんが帰って来るまでの間、女の子はどんなに不安だったことでしょう。でも、誰も声をかけてくれる人はいなかったのです。
やがて、お母さんが帰って来ました。女の子から話を聞いたお母さんは、本当にびっくりしました。そして、女の子の身体のことを心配して、女の子にいろいろなことを聞きました。しかし、女の子にはお母さんの質問の意味がわかりませんでした。
お父さんが帰って来て、この話を聞きました。そして、女の子にこう言いました。
「このまま黙っていると、またおまえと同じ目にあう子が出てくる。だから、警察へ届けよう。だけど、もしおまえが嫌なのなら、届けなくてもいいよ。」
結局、この事は女の子のお父さんから警察に連絡されました。そして、女の子は警察で事情を聞かれ、被害調書を取られました。事件の細かい所までみんな話をさせられて、女の子はまたその時のことを思い出してしまいました。もう一度同じ事をされたような、嫌な気持ちでした。そして、それよりもっと辛かったのは、調書を取り終わった警察官が、その調書を読み上げて、「まちがいありませんね」と聞くことでした。女の子は、そう聞かれるたびに「まちがいありません」と答えなければなりませんでした。とても恥ずかしく、辛いことでした。
女の子は、家に帰ってからつとめて明るく振舞っていました。「あんなことはたいしたことじゃないんだ」と自分に言い聞かせることで、辛うじて心の平衡を保っていたのです。ところが、そんな女の子を見てお母さんは「よく平気でいられるわね」と言ったのです。お母さんにすれば、変質者にいたずらされた娘が、ことの重大さに気がついていないと思って言ったのでしょうが、やっとの思いで心の平衡を保っていた女の子にとって、このお母さんの言葉はとてもショックでした。その言葉は、女の子の心の中にとても大きな傷を残しました。そして、女の子の心の中に「自分は汚れてしまったんだ。他の子とは違ってしまったんだ。」という思いを残してしまいました。


クリスチャン?

2001年10月27日
昨日のニッキを見た人から、「クリスチャンじゃなかったんですか?」って聞かれた。
そう思われても無理はないんだけどね。
キリスト教のミサ曲は何曲も書いたし、その参考にするために俺の部屋にはキリスト教関係の書物は多いし。典礼の手引き(司祭のカンニング用?)まであるし。
でも、よく見てごらん。
その隣には大石寺版の法華経とか、観音経とか、イスラムの本とか、ゾロアスター教について書かれた本まであるんだよ。
高野山で買った音楽理論の教典は面白かったよ。
奈美は彼と別れた。……‥原因は彼の信仰。

信仰と恋の問題は雑誌などでもあまり取り上げられることはない。宗教というものが絡んでいるために―般の雑誌では取り上げるのが難しいのかも知れない。

信教の自由という問題は確かに難しいことだが、結婚まで考えた交際の中では避けて通れない問題だし、信仰を持っている側がもっと信教の自由という事について考えて欲しいと思える場面に何度かぶつかった。

俺は信仰ということに関しては、無神論者でありながら神仏を拝むという典型的な日本人だ。俺の周りに信仰を持つものはたくさんいるし、俺自身、教会のミサ曲の作曲もするが、神の存在を信じてはいない。その立場で奈美の例を通じて信仰と恋ということについて考えてみたい。

奈美が彼と出会ったのは就職した会社の研修旅行だった。それまでは顔に見覚えがあるという程度の二人だったが、東京から高知までの船の旅で、親しくなる時間はたっぷりあった。波は穏やかで、陸の方には町の明かりが見え、満月が海を照らし……………………

ムードはたっぷりだった。

船のデッキでたまたま出会って、海を見ながら話しているうちに、彼が別れた彼女の話を始めた。それまで二年以上もつきあっていた彼女とつい最近別れたという。しかも、お互いに嫌いになったわけではなく、彼女の父親が頑強に反対したために別れたのだという。奈美は彼に同情し、話しているうちに彼に強く惹かれるものを感じ、キスまでしてしまう。どうしてそんなことをしたのか彼女自身もわからないという。

彼と一緒の研修は、本当に楽しかったという。その奈美の表情が変わってきたのは、つきあいはじめてから三ケ月ほどたったころからだった。

初めは「彼が約束を守らない」という話だった。「電話をする」と言ってもしてこなかったり、「明日会おう」と約束しても、直前になって「だめになった」と言ってくる。それも、自分と約束した後に、友達から飲みに誘われたりすると、そっちに行ってしまう。そんな形で待たされることが多くなり、奈美の不満が積もってきた。しかし、奈美の方も彼と会っているときには日頃不満に思っていることも言えなくなり、彼に合わせてしまう。そんなことが続いているうちに、彼がある宗教の信者だということがわかってきた。彼が奈美に会えないのは、仕事や友達との付き合いがあるだけではなく、その宗教の活動にかなりの時間をとられているためだった。

彼から話を聞いて、彼が自分の信仰を隠していたのではないということはわかった。しかし、奈美はやはり釈然としなかった。自分は彼にとっていったい何なのか。彼女は彼に自分の方をしっかりと見て欲しかった。自分が―番でいたかった。しかし、彼にとっては自分より信仰の方が大切なのではないか。

信仰を持つものにとって、信仰と恋とは全く別次元のことなのかも知れない。だが、信仰を持たない彼女にはそこのところが理解できなかった。

彼は奈美に信仰を強制したりはしなかった。しかし、彼自身が信仰を棄てるつもりもなかった。結婚というものがしだいに現実味を帯びてくるにしたがって、彼女の前には信仰の問題が大きくのし掛かってきた。彼の家庭は両親を含めてみんな同じ宗教の信者であり、彼女だけが無信仰でいることはできそうになかった。

一方で、彼女の両親の方はその宗教を嫌っていた。特に父親の反対は頑強だった。

そうした中で、二人はついに別れてしまった。

彼は「お前は自分よりも父親を取ったのだ」と言う。本当にそうだろうか。確かに彼女は信仰を強要されたことはなかった。しかし、家族全員が同一宗教を信仰し、日常的に宗教儀式が行なわれている中で、信仰を持っていないものがそれに巻き込まれずに生活できるだろうか。それは入信してしまうほうがよほど楽なのではないだろうか。一連の話の中で、彼が彼女のために信仰を棄てるという可能性については一度も話題にならなかった。信仰しているものが、その信仰を棄てるということが容易ではないのはもちろんだが、彼女が家族の絆を切って入信するということがそれと同じくらいたいへんなのだということを彼はどれほど理解していたろうか。彼女が父親を選んだというのなら、彼は彼女よりも信仰を選んだのだ。それは、同じ信仰を持つものにとっては誇らしいことなのかも知れないが、私からはとても思いやりに欠けた行為に思える。なぜ彼女と同じ視点に立って考えてはくれなかったのか。形ばかりではなく、本当の意味で彼が彼女の視点に理解を示してくれていたら、何らかの解決方があったのではないかと思う。

それがたとえ、彼女の入信という形になったとしても、また、たとえ結果が別れになったとしても、彼が彼女と同じ視点に立ってくれたということで彼女も救われたのではないか。

信仰の自由という問題のとき、なぜ信仰しない自由というのが問題にならないのだろう。強制しないから自由だという、そんな単純なものではない。不信心者の何気ない―言が、信仰しているものを傷つけることがあるように、信仰している側では何でもないことが、信仰しないものにとっては大きな負担になることがある。ことに結婚などということが絡んでくると、それはとても深刻な問題になってくる。そのとき、信仰している側が信仰していない側と同じ視点に立って欲しい。信仰という高い位置から下りようともせず、不信心者を見下ろして、ここまで上って来いというような態度では何も解決しない。こういった問題が、信仰を持たない側の妥協や犠牲でしか解決できないのだとしたら、それこそ信仰の自由というのは何だったのかということになってしまうのではないか。

 


試験が終わった

2001年10月23日
情報処理試験が終わった。
きちんと勉強する時間がなくて、まさに実力テストになってしまった。
できたのは半分くらいかなあ。
まあ、受からないだろうな。
自分の知識が偏っているのがよくわかったよ。
特定の分野ではスラスラ答えられるのに、他の分野では用語さえわからない。
実際に自分が使っている部分を除いて、全体に知識が浅いんだね。
次の試験は1年後だから、もう少ししっかり勉強しておこう。

雑用多し

2001年10月18日
もう!!
なんて雑用が多いんだろう。
試験勉強はほぼあきらめた。
電車の中だけで勝負。
あとは実力勝負………
というより出たとこ勝負。

運がよければ受かるさ。

のらない

2001年10月17日
なんか、のらないなあ。勉強が。
俺が教えている高校生たちも、同じ気分なんだろうなあ。
高校生たちは中間テスト前。おれは情報処理試験前。
なんか、集中力が途切れるんだよね。
今回はノリが悪い。
雑用が多い、なんていうのは言い訳で、俺が雑用を作っているんだよ。メールで済むものを、直接会いに行ったり、なんてね。

久しぶりに

2001年10月13日
今日は久しぶりに明るい時間に家にいた。
少しは勉強も進んだような。
だけど、たぶん間に合わないだろうなあ。
まあ、あと1週間。
がんばってみましょう。

試験勉強が

2001年10月9日
やはり切羽詰っていないんだろうな。
どうしても試験勉強が後回しになってしまう。
結局連休中にできたのは4時間くらい。
こんなの、ぜんぜん試験勉強じゃないよね。
……今年はだめかなあ。試験。

時間が……

2001年10月7日
休みがあっという間に過ぎていく。
合唱団の練習にオケの打ち合わせ。
新しく出す曲の録音立会い。
立会いなんて、パスしようかと思ったんだけど、アレンジャーがどうしても来てくれって言うから。
別に後で文句を言ったりしないからさあ。勉強時間を確保させてくれよ。

試験勉強が

2001年10月4日
もう、あと2週間あまりだというのに、情報処理試験の勉強が全く進んでいない。
今回はだめかもしれないなあ。もともと、どうしてもとらなければいけない資格でもないっていうのがあるのかなあ。ついつい後回しにしちゃうんだよね。
でも、落ちるのは悔しいよね。
無理してでも時間をとってやってみようかな。
忙しいけど、後に回そうと思えばできることもあるし。

……というわけで、時間を空けるために削ることの一つが、このニッキを書く時間。
今月中は近況をちょっと書くぐらいになるかなあ。
秘密メモがだめみたいだから、緊急に誰かへのメッセージを書くことはあるだろうけど、お茶会の話題や不倫の話はひとまずお預けということで……。

そういえば、先週横浜に行ったとき、AKIちゃんと中華街へお昼を食べに行ったら、たまたま家族で遊びに来ていた高校生に目撃されちゃったみたい。
「あの女の人は誰?」って聞かれちゃった。
……こんなことをしている時間はあるんだよね(^^;

なかなか

2001年10月3日
日曜日の演奏会はなんとか無事終了。
ただ、そのあとにいろいろな相談が集中してなかなか時間がとれなくなってしまった。
明日にはなんとか時間をあけたい。

今日はとりあえず状況報告だけで……

時間が……

2001年9月28日
あさって本番だというのに、練習している時間がない。
明日、1時間くらいかなあ。
夜、少し時間がとれればいいけど。

……というわけで、たぶん明日はニッキを書いている時間はないでしょう。
あさっての夜遅くにはなんとか………。
だめなら、月曜日か。

南の彼女へ

2001年9月25日
このニッキを読んでいるはずの、南の彼女へのメッセージ。
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わかっているとは思うけど。
全部をきちんとこなさなくたっていいんだよね。
自分のできる範囲で、できることをやればいいんだ。
それも、8割の力で。
全力投球なんて、そんなに長く続けられるわけがないんだよ。

音楽家をやっていていちばん難しいことは、自分というものを見つめること。
自分に自信がなくては、音楽を他人に聞かせることも、曲を発表することもできない。
だけど、その自信が実力とかけ離れたものだったら、どこかで無理がくる。
自分の実力、自分の限界、自分の置かれた位置……そういったものを客観的にきちんと意識した上で、自分の力に自信も持っていなければならない。
このバランスが難しい。
ある限られた世界で、突然人気を得ることもある。また、意外な方向から批判を受けることもある。そういったことに振り回されることなく、自分というものを見ていないと、いつの間にか自分というものを見失って、自分自身が自分の虚像に振り回される。

周りからどう見られているかということより、自分が何ができるのか、何をしたいのかということのほうが大切なんだよ。他人のために生きているんじゃないんだ。
結果として他人の役に立つことは良いことだけど。

優子の浮気

2001年9月24日
このところ作曲モードに入っていて、ちょっとサボってしまった。
ごめんなさい。
久しぶりに吹奏楽の曲にとりかかっていた。
大曲なので、まだ完成は遠いけれど、第1楽章の提示部分はほぼできあがった。
雅楽風の曲。
30日に演奏予定の筝曲も、実際に演奏してみるといろいろいじりたくなって、まだ手を加えている。

さて、不倫の話だけど、俺のところに持ち込まれてくる不倫の相談は、独身女性と既婚男性っていうのがほとんどだけど、ひとつだけ例外があった。
今日はその話をしよう。
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優子は18歳で結婚して、現在3人の子持ち。相手は中学の先輩で2歳年上。
高校卒業とほぼ同時期に妊娠し、その年の8月に結婚した。
いわゆる「できちゃった婚」だ。
彼はコンピューターの技術者として年齢にしては高い収入があったから、彼女は専業主婦となって子育てに専念した。
それから4年。3人の子供を生み、子育てに忙しい彼女に不満が生まれた。
子供のことや日常のことなど、彼といろいろ話したいと思っているのに、彼は会社から帰ってくるとテレビの前に座り込んで、彼女の話を聞こうとしない。そして「疲れた」「忙しい」が口癖となっていく。
不況にもかかわらず、技術者としての彼の仕事は増えていったが、子育てにかかる費用はそれ以上に増えていき、彼女は家計を補うために子供を実家に預けて近くのラーメン屋でパートとして働き始めた。
そのラーメン屋の店長に彼の愚痴を言ったのが始まりで、店長にいろいろ相談しているうちに、やがて店長との不倫が始まってしまった。
店長は既婚者だが、奥さんとはうまく行かず別居状態で、ラーメン屋の2階に一人で住んでいたという。

彼女の浮気がばれたのは、携帯に入っていた店長からのメール。
たぶん、それ以前から彼は彼女の行動に不信を抱いていたのだろう。
だから、彼女の携帯のメールを見たのだと思う。
当然、彼は激怒した。そして、その日のうちに3人の子供を彼の実家に連れ帰ってしまった。
彼女は彼の怒りがあまりに激しかったので、怖くなって自分の実家に逃げ帰った。
彼女は、彼の怒りがおさまってから彼にきちんと謝り、再出発をするつもりでいた。
しかし、彼は彼女を許さず、離婚して子供は自分が引き取るという。
この事件があったのは8月。
9月からは、子供たちは彼の実家から近くの小学校に通い始めた。
転校手続きをどうしたのか、彼女は何も知らされなかった。
そして、夏以来、彼女は自分の子供たちと会っていない。

今、彼女たちは家庭裁判所で離婚調停を行なっている。
彼は離婚すると言い、彼女は別れたくないという。
店長とは夏以来会っていない。
離婚が成立するのか。子供たちはどうなるのか。

浮気をしたおまえが悪い、と俺は彼女に言った。
彼女もそれはわかっている。
ただ、彼女には言わなかったが、俺は彼女にそうさせた原因は彼が作ったのだと思う。
彼女は「かまってほしい」タイプなんだ。
ちょっとした会話でもいい、ちょっとした触れ合いでもいい。
彼がちょっと彼女をかまってやれば、こんな結果にはならなかっただろう。
家の中ですれ違いざま、彼女の胸を触ったっていいんだ。
他人がやればセクハラだが、夫婦の間では立派なコミュニケーションなんだ。
たったそれだけのことで、夫婦というのは気持ちがつながっていく。
彼女みたいなタイプに、「釣った魚には餌をやらない」なんて態度をとったら、浮気をされて当然……とまでは言わないけれど、少なくとも浮気の要因は作り出している。

男にも女にも、「かまってほしい」というタイプはいる。
こういうタイプの相手をかまってあげなければ、やがては他で「かまってもらう」という結果になる。
相手がこういうタイプだったら、ちょっとしたことでいいからかまってあげることだ。
………手抜きをすると、浮気されるぞ。

箏曲完成

2001年9月15日
アタマイテー。
完璧寝不足。
なぜか、忙しいときに限って曲ができる。
午前3時に突然曲を思いついて、ピアノルームにこもって曲を書いていた。今度は箏の曲。
だいたいの流れができて、イメージが定着してから実際に箏で弾いてみて、無理がないかどうか確かめる。器楽曲、特に使い慣れていない楽器の曲はこれをやらないと、演奏が不可能なところがあったり、不自然なところがあったりするから。
幸い、うちのピアノを置いてある部屋は防音ルームだから、真夜中に音を出していてもだいじようぶ。そうじゃなかったら、こんな時間に音を出したら迷惑だよなあ。

紀子の場合?

2001年9月11日
ニッキについての雑誌の記事を読んだ。
思ったよりまともに取り上げていたかな。
まあ、ある一面しか見ていないようなところもあるけど、すべてをカバーできるわけもないし、そこそこ取材できているなという感じだった。
少なくとも、偏見で凝り固まっているような内容ではない。
-------------------------------------------

俺が不倫をしている子に「やめろ」と言うのは、不倫が悪いと思っているからではない。結果として不幸になる子がとても多いからだ。
不倫で唯一、悪いところがあるとすれば、それは夫婦の間での信頼を裏切っているから。
以前、男の浮気は「男の甲斐性」と言われ、愛人を持つことも半ば公認されていた。そして、その愛人たちは、たいてい独身だった。
既婚男性と独身女性。………今俺が話題にしている「不倫」と、組み合わせとしてはなんら変わることがない。
恋にライバルは付き物だ。そして、恋は先着順ではないのだから、あとから割り込んでも、脇から奪っても(当事者や関係者には非難されるだろうが)かまわないはずだ。

では、なぜ不倫が非難されるのか。
それは、既婚者が結婚という形での夫婦間の契約に違反しているからだ。
そして、その違反行為に対して、配偶者側からの異議申し立てが認められているからだ。配偶者側は、不倫の相手に対して慰謝料を請求することもできるが、そんなことをしなくても、「世間」というものを味方につけて、公然と相手を非難することができる。
その状態を解消するには離婚しかないが、離婚だって、そう簡単にはできない。
だいたい、いろいろ不満を並べてみたところで、夫婦で築いてきた歴史というのはそれなりの重みを持っていて、そこを越えて離婚に踏み切るというのは、気持ちの上でも簡単ではない。

結局、こういう状態を解消できないままにつきあいを続けようと思ったら隠れてつきあうしかなく、そのためにさまざまな制約が二人を苦しめる。

紀子の場合もそうだった。
紀子の相手は離婚の意思はなく、二人で会っても最後には家庭に帰って行ってしまう相手に、紀子はいつもつらい思いをした。

=============紀子の手紙から====================

友達が次々に彼を作っていく。
それはそれで良いのだけれど、
喜ばなくちゃいけないのだけれど、
なんだか寂しい。

彼女たち、幸せそう。
私は何なのだろう。
今、彼女たちは私の話を聞いてくれる。
でも、もしも。   もしも、よ。
彼女たちの幸せに割り込む女の子が現れたら。
彼女たちはなんと思うだろう。
それでも私の話を聞いてくれるだろうか。

そうなったらきっと、彼女たちはそのことを私には話さないんだろうな。
やさしいんだ、みんな。

寂しいよお。
============================================

紀子の手紙

2001年9月9日
明日発売の雑誌に「日記をウェブで見せたがる人々の自意識」っていう記事が載るらしい。
まだ記事を読んだわけじゃないから、その内容はわからないけど、このニッキを普通の「日記」のように捉えているとしてたら、それは間違いだね。
俺は、見せるニッキというのは、友達・知人といった人たちとの世間話に近いものだと思っている。実際に顔を合わせている人たちとの会話とは違う場合も多いだろうが、基本的にはそんなに大きく変わらないのではないだろうか。そこに自分の日常が書いてあったとしても、それは自分ひとりで書く日記とは内容が違ってくるだろう。俺がこの日記をわざわざ「ニッキ」と書いているのもそのためだし、会話調で文章を書いているのもそのためだ。
そこのところがわからずに、外から自分の基準をもとに考えていたら、きっと内容は的外れなものになる。

俺自身は気をつけているつもりだけど、それでもやはり自分の世界や考え方を基準に、偏った見方で相手を判断するっていうのをやっているんだろうな。
気をつけよう。

----------------------------------------
ところで、不倫の話だったよね。
俺のところに持ち込まれる不倫関係の相談は、100パーセント独身女性と既婚男性という組み合わせだ。だから、そのことについてだけ書いてみる。

結果として不倫といわれるような形になったとしても、こういう場合、女の子にとっては「恋」なんだよね。だから「同じ恋をしているのに、何で私ばかり責められるの」ということになる。
不倫がほかの恋と決定的に違うのは、普通はハッピーエンドは考えられず、ハッピーエンドになるときにはその陰で必ず不幸になる人がいるということ。

今日は、紀子という女の子が俺にくれた手紙を紹介しよう。

============================================
不倫って、そんなにいけないことなのですか?
みんな「やめろ」って言います。

私だって、普通の女子大生、しています。
すこし歳の離れた人を好きになっただけ。
私があの人の前に立つのが遅かっただけ。

私が生まれた時、あの人はもう、奥さんと愛し合っていた。
間に合うわけ、ないじゃない!

Keiさんがいつか書いてくれたように、あの人の奥さんはあの人にふさわしい。
あの人が選んだ人だもの。
邪魔するつもりはありません。
でも、愛されたい。
少しだけ。 ほんの少しだけでいいから、あの人の愛が欲しい。

私だって愛したいんです。
恋がしたいんです。
愛しているのに、恋の成就を願ってはいけないなんて、残酷です。
「それなら忘れろ」って、Keiさんは言うんでしょうね。
そんなこと、できないのを知っているくせに。

お母さん、「おまえはふしだらな娘だ」って私を責めます。
私は愛しているだけなのに。
あれはお母さんの顔じゃない。
女が、女の敵を責めている顔だ。

私が胸のボタンをふたつ外して街を歩く。
男の子の視線が絡みついてくる。
あんな子が恋しても、学生どうしなら、いやらしくはないのですか?
私のほうがいやらしいのですか?

私だって、こんな苦しい思いなんか、したくない。
自分で離れられるなら、とっくに離れてる。
こんな苦しい恋がいつまでも続くはずがない。
神様がいつか自然に別れさせてくれる。
そう思って生きている。

Keiさん、私はどうしたらいいのですか。
どうしてこんなになってしまったのだろう。
私だって、普通の女の子だった。
「紀子がこんなになるなんて、思ってもみなかった」
Keiさんは、いつかこう言いましたよね。
私だってそうです。
自分で自分が信じられないことがあります。
どうしてこんなに好きになってしまったのだろう。
でも好きなんです。

いつか別れが来るんですね。
Keiさんに言われた時には、考えたくなかったけれど。
このごろ、幸せな結婚生活をしている夢をみます。
相手が誰だかわからないけれど。
「行ってらっしゃい」って見送っているところとか、庭の落ち葉を掃いているところとか。

私もやっぱり結婚したい。
相手はやっぱりあの人じゃないんだろうな。
===========================================

「私みたいな人がいくらかでも少なくなるように」と言って、紀子が公開を了解してくれた部分だけなので、文章は完全な形ではないけれど、状況はわかると思う。

どう思います。こういう恋って。

ひとつ、終わった

2001年9月8日
ステージがひとつ終わり。
まあ、なんとか荒業をこなして、わずか4時間の練習で無事に伴奏が終わった。
歌の伴奏って、相手に合わせて微妙に店舗を変化させたり、タッチを変えたりするから、余裕がないとうまくあわない。一人でピアノを弾くほうがずっと楽だ。
さあ、今日はこれからアレンジがひとつ。
期限はあさってまでなんだけど、明日は合唱の指揮で一日終わってしまうだろうから、今日中に仕上げないと。今日終わらないと、あとは月曜日に台風が直撃してくれることを祈るしかなくなっちゃう。

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Kei

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